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No.127 緑園国際交流 トークサロン |
カリブ海の真珠・キューバ |
太陽のように陽気な国 |
筆者もこのトークサロンには10年以上も、時間さえあれば参加しているが、127回も続いている中でキューバの話は初めてということもあり、こんなに参加者(約40名)が多かったのは初めてと思う。 冒頭、ラモンさんは「日本に来たばかりだが、日本のことは知っている」として、日本のドラマ「座頭市の仇討ち〈1966〉」の画面を見せ参加者を笑わせていた。 世界地図上で「キューバ」を見せ、国の紹介が始まった。人口1100万強、首都ハバナ、公用語はスペイン語、15の州を持つ。平均気温25.5℃、平均湿度は高く81%。国の象徴としての国歌、国旗などをその意味も含め説明。国の花々、樹木、小鳥、衣料、楽器(トレース:ギター風)、ナショナルスポーツとしての野球(日本で9名が活躍している)、料理(紹介の数は多い!)、果物(バナナ、大きいカボスなど)、ケーキ類、アルコール類、文化遺産として踊りと続く。 世界遺産の紹介に入る。9か所あり、地図上でプロットしながら、そこの画像に切り替え、それを一巡。歴史的都市から大自然といったもので、国(島)を一回りした、という感じ。 歴史に入る。コロンブスによる1492年のキューバ発見(島ではなく、大陸の一部とみられていた)、キューバでの買い物は珈琲、葉巻、音楽、民芸品の紹介。 現地人は、スペイン遠征隊により征服され、その後の強制労働などで絶滅。アフリカからの奴隷〈1517年~)、中国人奴隷(1847年~)も。 支倉常長が1614年日本人として初のキューバ入り。 スペインとの闘い〈1868年〉、1898年にアメリカがそれに介入。1959年キューバ革命勝利。 現在のキューバ。 まず文化、有名アーティスト、祭り、世界遺産、見どころ、自然、サンティアゴ、小学生の生活、医療事情等の紹介と続く。現在5万人以上の人が世界62か国で働いているが、うち半分の2万5千人は医師等の医療関係者たちだそうだ。 そして、Hasta la Vista(さよなら、またね。)となった。 質疑応答に入る。参加者の中でキューバに行ったことがある人は?との問いに対し、2名が手を挙げた。1990年代に行ったとのこと。質問もスペイン語での人も.。驚くほど活発に、内容も幅広く質問が続いた。 キューバに行ったときに、米ドルで通じたし、お釣りも米ドルだったが、一般国民も米ドルで生活していることか? 現在は国民が生活で使う人民ペソ(CUP)、主に外国人旅行者が使うための兌換ペソ(CUC)となっている 。 現在、キューバに行くには、ビザが必要か? 入国は自由だ。東京の領事館に来てほしい。キューバ人が入国するには、自国のパスポートが必要(他国に永住権を持っていても)。 野球選手でアメリカン・リーグに入るには、キューバ国との縁切りが必要。 米国トランプ大統領が、キューバへの対応方針を変更したが? まったく気にしていない。自分は生まれついたときから、そういった関係が続いており、慣れている。 フランスが源となる踊りなどがあるが、フランスとの関係は? 歴史的には関係は深い。フランス系ハイチ人が革命から逃れ、キューバに逃れてきた。この人たちによる影響でダンスなどへの影響がある。また一時期には、国の半分はフランス植民地となっていたことも。世界遺産の一つシェンフェーゴスは、フランス系移民が多かったことで、街がフランス系だ。 支倉常長は、キューバのどこに入ったの? バハナの港だ。 女性の管理職は、またその権利は? まったく男女同権だ。むしろ、管理職だけでなく、いろんな面で女性の方が率は多い。それは女性の方がまじめで、よく勉強していることも。男性の関心は、いろいろあることも。 宗教についての制限は? まったく、ありません。 など、きりがなく続いた。 |
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